写真は、年越しの際に帰省した実家の近所の光景です。私にとっては幼い頃から長年暮らしてきた場所、非常に見慣れた場所ではあるのですが、ふと違和感を感じ、立ち止まってしまいました。一瞬、以前と比べて寂れたような印象を受けたのです。
タクシーが並んだ駐車場の奥にある建物は、もう何年も同じ佇まいでそこが変わったというわけではありません。でも、何かが色褪せたような感覚を否めませんでした。
よくよく目を凝らして見たのですが、薄いグリーンの建物は外壁の塗装が剥げていたり、色が褪せているようには見えませんでした。その建物は1階が喫茶店なのですが、その店が潰れたというわけでもありません。では、何が私に「寂れた」という感覚を起こさせたのか、しげしげと眺めているうちにわかりました。
建物の手前の駐車場に置かれているタクシー、原因はこれでした。非常にシンプルな一色で塗られた車。この地域で大正時代に創業された老舗タクシー会社のものです。私にとってはこの車も非常に見慣れたものです。
このタクシーは後ろにある建物より若干濃い色のペールグリーンです。タクシーと全く同じ色に白をどんどん加えていくと、ほとんど建物の色に近い色ができる感じです。
手前に建物の色より若干濃い色のタクシーが数台並んでいたことが、建物を色褪せたように見せてしまったというわけです。
こうして写真にして見ると、それほど色褪せたようには見えませんが、実際には少々ショックを受けるくらい寂れた印象を受けました。
これは駐車場に置かれた車と建物との関係ですから、一時的なものかもしれませんし、未来永劫続くものではないように思いますが、似たようなことは様々な場所の町並みの中で遭遇することがあります。
日本では家を建てることは一生に一度の大きなイベントということが多いせいか、建主によっては外観を美しく飾り立てたり、少しでも目立つようにしたりということがあるようです。
しかし残念なことに、建物単体を見れば、綺麗に飾られていたり、美しい色だったりしても、町並み全体から見るとその建物だけ浮いていたり、隣の建物との色のバランスが悪く、思ったような美しさが表現できていない場合も多々あります。
家は自分のお金を出して建てるものだから、どんな外観にしようが自分の自由。それはその通りです。ただ、そのときに、ほんの少し周りとの調和を考えるだけで、建物の美しさが更に増し、これからの人生を過ごすその町並みへも魅力を添えるものになるとしたら、なおさらよいのではないかと考えます。
自分の家が町並みに調和することは、美しさや魅力という観点だけではない別の側面がありますが、それはまた次回にでも書きたいと思います。