若い頃より隠れ家的なカフェや喫茶店を探すことに情熱を傾けてきました。
高校を卒業して上京してからはひとり暮らしをしていたので、ことさらひとりの空間を必要としていたわけではなく、当時は非日常の空間としてのそうした場所が必要だったように思います。
隠れ家的と書きましたが、あまり知る人のいない場所であるという意味ではなく、ただ単に自分の日常生活から切り離された感覚になれる場所という意味合いが強かったのですが、結果的には都心にありながらあまり人が来ないような、知る人ぞ知るという場所が多かった気がします。
結婚をし、仕事もフリーランスになった今は、働く場所に変化をつけたり家事も含めた仕事の手順によって、非日常を手に入れることが会社勤めをしていた頃より容易になりました。反面、自分だけの時間が貴重になってきています。そのせいか非日常の空間というよりは、ただただ気持ちのいい、居心地のいい場所が大切になっています。
新宿パークタワーの1階に新宿パークハイアットのデリカテッセンがあります。仕事の関係でよく訪れる場所で、たまにショーケースの中のものを持ち帰ることもありますが、ほとんどは店内のテーブルで軽い食事をしたりお茶をしたりに立ち寄ります。
ある日、そこで知人と待ち合わせをしていました。
春まだ早い時期で店内の席はいっぱい。でもお天気が良かったので少々肌寒くはありましたが、ショールを引っ掛けて外のテラスの席につきました。
注文したカフェラテを2、3口もすすった頃でしょうか。ランチを終えた人たちが次々と帰って店内の席が空いたのでそちらへ移動したい旨を伝えました。
荷物を持ってカフェラテのマグに手を伸ばすと、係の人が「後ほどすぐにお持ちします」と言うのでマグは彼に任せて店内の席に移動しました。するとしばらくして「お待たせしました」と、先ほどの係の人が熱々の新しいカフェラテのマグをテーブルに置くではありませんか。
思わず顔を上げるとこちらを見てにっこりしながら「どうぞごゆっくり」と言いました。
このときのカフェラテに、言いようのない豊かな気持ちを感じました。
ファミレスへ行けばお代わり自由のコーヒーはいくらでもあります。でもそうではなくこの場所を選んでいる理由が自分でもよくわかった気がしました。こうしたお店を選んだ場合、たぶん私はコーヒー1杯にお金を払っているわけではないのでしょう。ましてや払ったお金で何杯コーヒーを飲めるかということでこの場所を選んだわけでもない。寒い場所から席を移した私に「暖かい一杯をどうぞ」という無言の思いやりが、私を満ち足りた気持ちにしてくれて、それは直接そうしたサービスを受けていないときから、そういう場所だということが伝わっている、だからここを選んだのだと思いました。
このデリはランチどきや夕方にはとても混雑するのですが、よく見かける列に並ぶという光景を目にしたことがありません。そうでなくてもどのお客様が最初にいらして・・・ということを、スタッフの方たちがきちんと把握をしていて、順番に注文を聞いてくれます。
そして注文を聞いた人が全てを整えてお客様に手渡すというシステムを取っています。なのでよくある番号札のようなものも一切ありません。効率を考えるなら多くのお店がそうしているように、注文を聞く人がそれをキッチンに伝え、キッチンで用意したものをホールの係が運ぶというシステムにする方がいいのでしょう。そうではないメリットがあるからこそのシステム。確かにこのデリでは手違いがほとんど存在しません。
経済性や生産性を重要視する今の社会にあって、こうしたシステムは非効率で無駄とも思えるかもしれません。しかしこのデリは効率より大切にしているものが確かにあり、数年前に比べてずっと賑わいを増した店内を見るにつけ、こうしたことに気持ちのよさを感じ、求めている人も多く存在することを感じずにはいられません。