
先日、銀座のメゾンエルメスの上映会で「PAKEEZAH」というインド映画を観ました。
娼館の踊り子と名家の息子の身分を越えた恋の物語で、インド映画ならではの豪華で煌びやかなミュージカル仕立ての映画でした。歌や踊りに浸りながら、絢爛な衣装や装飾品を存分に楽しむことができました。のみならず、娼館として使われている建物や、名家の家族が住む家などはどれも大きな屋敷、また森林監視員として働く息子が島に持つテントも登場し、インテリアも堪能。
この映画が作られたのが1971年のことなので、今のインドの住まいがどのようであるかも興味深いのですが、少なくともこの頃は、かなりオープンなスペースの多いものであったようです。もちろん大邸宅ということもありますし、インドといっても地域によって、かなりの違いがあることでしょう。実際、私がインドに詳しい方にいろいろお話を伺った範囲だけでも、砂漠のあたりとヒマラヤの麓では、住まいの様子は全く違います。この映画の舞台がどのあたりかは不明ですが、会話の中にデリーという地名が出てきましたので、近いあたりでしょうか。
広々としたスペースの所々に柱が立ち、或いは柱と柱の間を装飾的なアーチで飾って、そこへ寝台を置いて寝室にしたり、テーブルを置いて食事のスペースにしたりといった使い方が目にとまりました。
主人公が別の館にいる従姉妹らしき踊り子に打ち明け話をする場面があるのですが、従姉妹の部屋へ入って、話を促された主人公が「カーテンを閉めて」と言います。従姉妹は柱にくくりつけられたカーテンを閉めるのですが、カーテンというよりは珠暖簾といった方がピンとくる感じ、向こうを歩く人などのシルエットが見えます。
このような空間の使い方は、昔の日本家屋とそっくりです。日本はカーテンではなく、障子で空間を仕切っていましたし、その昔は御簾がその役目を果たしていました。
共に夏暑い土地ということで、住まいの中にその共通点を見た思いがしました。
日本ではその昔、家は夏の暑い季節を快適に過ごすことに重きを置いて建てられていました。ですので、軒を長くして日差しを遮り、木や紙といった、身近でしかも自然に換気がされる風通しのいい材料を使用していました。そうすることで、家自体の腐れや傷みをできるだけ避け、長持ちする家づくりが考えられていたわけです。それが今は、間取りの西洋化に伴い、また環境問題などを考慮して、どんどん高気密、高断熱になってきています。
確かに、省エネを考えると、機密性を良くすることで、夏は冷房で冷やした、冬は温めた室内の空気を逃さないことは理にかなっているようです。しかしながら機密性があるために、建材に使用されている揮発性の物質がなかなか屋外に放出されず、シックハウスの問題に繋がったりもしています。最近では、その対策のために換気口を開けることや、24時間換気が義務付けられています。何だか、どんどん後付けで余計なものがくっついてきているような感じが否めません。
昔の人は、自然を上手に利用して、家をできるだけ長持ちさせ、しかも快適に住まえるように工夫をしてきました。今のように電気で室内を暖めたり冷やしたりといったシステムもなかったので、そういった恩恵に浴する私たちが、以前の生活や住まいに戻ることは非常に困難なことです。でも、自分の家を考えるときに、では、どこまで自分たちは、その力を借りるのかと考えることは、健康で長生きな家づくりに不可欠なことではないかと思います。どんどん便利になったり、簡単になったり、いろいろな面で楽になってきているのですが、まだまだ、もっともっとと求めることについても、地球に住むたくさんの生物の一員として、俯瞰的に考えることを意識的にする必要があるのではないかと思うのです。
映画の中で、島に設営されたテントは、入口にドアすらもなく、風が通りうつらうつらと昼寝するのに気持ちが良さそうでした。それは、24時間365日の快適さではないかもしれません。でも、いかに生活に自然を取り込むかによって、住まいの気持ちの良さは左右される気がします。その度合いや、どのように取り入れるかというところで、センスやバランス感覚が試されるのでしょうね。